kunkun

なんだかくすっとなれる、こころあたたまる雑貨を。

暗示または意識の根っこのにある何か  



タイトルみて分かるように、今日はスーパー根暗モードです、ご注意ください。

ものすごく制作意識が湧いていたのに、一気に作る気持ちが失せてしまった先ほどの出来事。

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母と電話するとき、三分の一ぐらいの確立で言い合いになる気がする。
でも家族なので、人恋しくもなり話したくなる時もあり、電話したんですね、
丁度妹が出掛けていて家に1人やったし。最近連絡できてへんかったし。
私的には何気ない話をしたり、とりとめのないことを話したかったんですが、あることで言い合いというか
母から否定され、私も黙って聞いて、うんうんっていうタイプでは全くないので言い合いみたいになったんですね。

聞いていて、腹が立つ、というよりすごく悲しくなったんです。
なんで応援してくれへんのやろう。
もう寧ろ泣きながら書いている。(話す友達がいないのでここに書くしかない)

話しの最終的にはモノづくりをすることへの反対やったんんですが、
母的には、いまやっていることを少しずつ縮小して行って、普通の会社からお給料をもらえる仕事を、という意見。
私的には、自分のやりたいことをしていきたい、人に言われた仕事ばかり、だけ、していてもつまらない。
もちろん、母の言うことが正しいのはわかります。私のことを考えていてくれているのは全部じゃないけどわかる。
家が貧乏やったから、ちゃんとお給料をもらえるという確実なのを求めるのも分かる。その有り難さも分かる。

分かっている前提で、何故私がしていることをちっとも応援してくれへんのやろう。
今やっていることを、母はほとんど褒めて、認めてくれたことはない。多分、ちゃんと見てくれたこともないんじゃないかな。
昔からそう。褒めてもらったことなんて私の記憶ではほとんどなかった。
向き合ってもらった覚えがあまりない。小さいころはあったかもしれないけど。

リレーの選手に選ばれたときだって、水泳何百メートル泳いだって、奨学金生徒に選ばれたときも、書道で数えきれない賞をとっても、通信簿がほぼ5だったとしても、靴下をつくっていろんな人に喜んでもらえても。

ただ、応援して欲しい、応援はしなくても全否定せずに聞いてほしい。

一番してほしい人にしてもらえない。

私はわたしの分析をする、
多分モノづくりの根っこにあるのは人から認められたい気持ちがとても強いことにある。
褒められるとすごく照れる(困る)けど、すごくやりがいを感じ、生きている意味を見出すことができる。
だからそこにこだわって作ることがやめられない、

周りをみると、応援しているひとが隣にいてモノづくりをしている人がほとんどな気がする。
だから私は常に人が羨ましいし、自分が常に満たされていない気持ちになる。
それが作る動力になっていることも事実。

でも、やっぱり。



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母の言葉というのはとても強い力を持っていて、それを否定しても心の奥底ではそれを否定できない自分がいる。
暗示のような、意識の中で。

否定されても、どこかで受け入れている自分、それにいつも苦しむのです。
そして嫌になる。

この沼に何年間もはまっている。

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そして、電話の最後は母が、見たいドラマあるから切るよ。の一言。


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母を全面的に悪者にしてしまっていますが、そういうことではなく、自分の心を整理?したかった?
だけです。あと、この気持ちがどうしようもなくて。
昔から家の事情で働き詰めだった母の気持ちを分かってはいないけど知ったうえで書いた所存。


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